恋愛より趣味、ということにしていた。
▶ 動画のこの話へ 00:46主人公の五味次郎は、男ばかりの職場で、同僚たちとオタクトークをして過ごしている。夜は自分で描いたエロ同人誌で性欲を処理する。現実の女性と関わっている自分の姿は、想像ができない。だから「恋愛よりも趣味に生きている」という体にして、自分を誤魔化してきた29歳の会社員だ。

この「という体にして」というところが、もう苦しい。女の子に興味がないわけではない。話してみたいし、仲良くもなりたい。でも、それが自分にできるとは思えないから、別のものを選んでいる事にする。次郎は、そんな生活を送っている。
そこに、新入社員の夢空黒子がやってくる。これまで女性っ気のなかった職場に、可愛い女の子が入ってきた。職場は色めき立つのだが、次郎はある日、トイレ掃除の最中に、捨てられた彼女の生理用品を見つけてしまう。そして、とっさに持ち帰ってしまうのである。

ここは、あらすじを聞いただけでも相当衝撃的だと思う。その後も次郎は、捨てられた生理用品を盗み続ける。自分が話しかけたり、好かれたりするはずがないと思っている相手を、そういう形で感じようとしてしまうのだ。
ところが、様々なきっかけから、夢空さんは次郎に好印象を抱くようになる。自分には縁がないと思っていた相手との距離が、少しずつ近づいていく。ここまでが、冒頭のあらすじである。
自分が人を好きになったら、迷惑なのではないか。
▶ 動画のこの話へ 01:55次郎は、とにかく自己肯定感が低い。自分のような存在が女の子に話しかければ、気持ち悪いと思われる。自分が誰かを好きになるだけで、その相手に迷惑をかけるのではないか。そういうところまで考えてしまっている。
僕が特に共感したのが、第8話「否定と肯定」にある、触れる側と触れられる側を比べる場面だ。女性が男の肩に手を置く絵には、「男が女に触れられるのは 総じて嬉しい」と書かれている。そして、男が女性の肩に手を伸ばす絵になると、「男が女を触るのは」に続いて、「重大な加害性を持つ可能性」と語られる。



この「男」という字には、「ボク」とルビが振られている。ここが、僕にはものすごく刺さった。女の子から触れられたら嬉しい。だけど、自分から同じ事をするとなると、相手を傷つけてしまうのではないか、と考える。触れる側が自分になっただけで、嬉しい出来事が、恐ろしいものに変わってしまうのだ。
相手と仲良くなりたい気持ちはある。でも、その気持ちを自分から向けていいとは思えない。相手から受け入れてもらう事は望んでいるのに、自分から近づく事には後ろめたさがある。次郎の中にあるこの矛盾が、僕には他人事ではなかった。
「無害」でいようとする姿も、その考え方とつながっている。自分の好意や欲望を表に出さなければ、誰かを困らせずに済む。だけど、欲望そのものがなくなったわけではない。なくならないものを、自分の中に抑え込んでいる。

この場面に、少しでも共感してしまった皆さん。あなたたちは、僕の同志です。自分が人を好きになる事にまで、後ろめたさを覚えてしまう。その部分が分かってしまう人にこそ、僕はこの漫画を読んでほしい。
両思いになっている自分に、リアリティがない。
▶ 動画のこの話へ 02:08次郎が自分で描いているエロ同人誌は、相手の同意のない性的な行為を描く、いわゆる凌辱物である。作品は、その趣向にも次郎の自己否定が関わっている、というところまで掘り下げていく。
次郎には、女の子と両思いになって、自分が好かれている状況にリアリティがない。自分は拒絶される存在なのだから、相手に受け入れられて関係を持つ、という想像が成立しない。そうして、拒絶される事を前提にしたものにしか現実味を感じられなくなっているのだ。
僕がとんでもないと思ったのは、この思考の出発点である。女性が嫌いだから、という説明で片づけるのではなく、自分みたいな人間が好かれるはずがない、という自己肯定感の低さから、そこへ辿り着いてしまう。その拗れ方が描かれている。
もちろん、これは次郎という人物の話だ。僕が分かる部分があると感じたのも、「自分が好かれている場面を想像できない」というところである。恋愛が苦手な男、という言葉だけでは収まらない、その人の頭の中にでき上がった理屈まで描く。ここまで潜ってくるのか、と驚いてしまった。
優しい女の子と出会って、めでたし。ではない。
▶ 動画のこの話へ 02:58ここまでの話を聞いて、「非モテの男が、優しく受け入れてくれる女の子に出会い、少しずつ自信をつけて成長する漫画かな?」と思った人もいるかもしれない。
全然違う。
もっと地の底へと落ちていく、劇薬のような漫画なのである。次郎といい感じになっていく夢空さんも、夢空さんで、とんでもない拗れ方をしているのだ。
次郎は、自分が他人に性的な欲求を向ける事を、加害のように感じている。一方で夢空さんは、性的な関係がなければ他人から好かれない、自分が提供できるものはそれくらいしかない、という考え方をしているように僕には見えた。そういうつながりがないと、愛されている実感を持てない。次郎とは、逆方向に拗れているのである。
物語は次郎の視点で進むので、夢空さんの内面が同じくらい詳しく語られるわけではない。それでも、この二人の凸と凹が合ってしまった感じは伝わってくる。出会うべくして出会った二人なのだと思うが、それで全てがうまくいくわけではない。こんなの、泥の底に落ちていくよね、と感じてしまう。
次郎にとって夢空さんは、抑え込んでいた感情を初めて受け入れ、肯定してくれる相手だ。だから、どんどん惹かれていく。しかし、相手が自分に好意を向けている状況に現実感がなさすぎて、デートをしている間も自問自答が止まらない。

「分かる〜。」
僕はここで、めちゃくちゃそう思ってしまった。好きになってもらえたら全部解決、というわけではない。好かれている事を受け止められず、また別の問いが生まれてくる。その沼まで描いてくれるのだ。
その話を、笑って聞いてくれる。
▶ 動画のこの話へ 04:10次郎が夢空さんに心を救われる場面として、特に印象に残ったところがある。次郎が行った風俗の話を、夢空さんが笑顔で聞いてくれるのだ。

何か立派なところを見せて、褒められたわけではない。本人が引かれると思っていたような話を、笑って聞いてくれる。その反応に、救われてしまうのである。
女の子には嫌われるのが当たり前だ、と思っている人間にとって、これは大きい。自分の趣味や欲望も含めて、拒絶されるものだと思っていた。ところが、話してみても拒絶されない。それが嬉しくて仕方がないのだ。
ここに、ありのままの自分を受け入れてほしい、汚いと思っている自分でも愛してほしい、という願望を感じた。変わるのは怖い。でも、こんな僕でも愛してほしい。その弱さの出方が凄まじくて、僕は最高だと思ってしまった。
経験はない。でも、考える時間は無限にある。
▶ 動画のこの話へ 04:30僕は、この漫画が描いている事は、一種の哲学だと思っている。恋愛や人間関係について、人と接しながら答えを作っていく人がいる一方で、経験がないまま、自分の中だけで考え続けてしまう人もいる。
僕を含め、恋愛経験の乏しい人間には、こういう拗れ方があると思う。経験はない。でも、考える時間は無限にある。だから自分の中で、答えというか、思想のようなものが、どんどん形成されていってしまうのである。
サッカーの試合は一度もした事がないのに、机上のサッカー論だけは持っている。そんな感じだ。
「いやいや、まずは行動しなきゃ。」
そう思う人もいるだろうし、次郎に全く共感できない人もいると思う。その正論は、確かに正論なのだ。だけど、この漫画はそれを言って終わりにはしない。拗れた人間が、考えて、また考えて、どんなところに辿り着いてしまうのか。その頭の中を描いてくれる。

喜びを感じたはずなのに、すぐに別の感情が覆いかぶさってくる。相手との関係だけでなく、自分の中の問いにも振り回されてしまう。そんな揺れ方を、単に面倒くさい人だと切り捨てないところに、僕は文学的な面白さを感じた。説教臭さがない事も、この作品の大きな魅力だと思う。
共感できない人もいる。でも、僕には強く刺さった。
▶ 動画のこの話へ 05:14あむ先生は、自分が共感できる恋愛漫画を描きたかったそうだ。僕は『澱の中』を読んで、めちゃくちゃ共感したし、同じように刺さる人もいると思っている。それと同時に、多くの人には全く共感できないかもしれない、とも思う。
自分が誰かを好きになる事にすら引け目を感じる人。女の子と話してみたいのに、自分なんかが話しかけたら気持ち悪いと思われるのでは、と考えてしまう人。ここまで読んで少しでもビビッと来たなら、ぜひ読んでみてほしい。
ただ、性的な描写はかなり強い。特に3巻は、とんでもない。でも、僕が一番共感したのも、その3巻だった。刺激が強いというだけではなく、そこで描かれている感情が刺さってしまったのだ。
全5巻で完結しているので、二人の関係がどこへ向かうのか、最後まで読む事ができる。結末はここには書かない。痛々しいのに、他人事だと思えなくなってしまう。その感覚を、ぜひ漫画で確かめていただきたい。
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