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まずは、この一冊から。
土砂のイチオシ このシリーズには、常識がひっくり返るような印象的な短編が数多く収録されている。 たとえば―― 『ミノタウロスの皿』 宇宙船事故でイノックス星に不時着した男が、美しい少女・ミノアに救われ、心を通わせていく。 だがその星では、人間そっくりの種族(ウス)が“家畜”として扱われており、ミノアは「祝宴の皿にのる」ことを名誉とされる“肉用種”だった。 命の価値観が完全に逆転した世界で、彼女を救おうとする男と、喜んで食べられようとする少女の認識のズレが残酷な余韻を残す。 『気楽に殺ろうよ』 食欲と性欲の価値観が入れ替わった異常な世界に迷い込んだ男の物語。 そこではなんと「殺人」も許可されており、子どもを1人産むと“1人殺してもいい”という殺人許可証がもらえるという、とんでもない制度が存在する。 価値観が根底から覆る社会で段々とその価値観に飲まれていく主人公が怖い。『自分会議』 未来からやってきた“自分”たちと議論を重ねるうちに、驚きの結末へと向かっていく知的パラドックスSF。 「自分自身とどう向き合うか」という普遍的なテーマを、軽妙かつ深く描き切るセンスが光る。 くすっと笑える話から、背筋がゾッとするようなディストピアまで、1話ごとに世界観が大きく切り替わる贅沢な構成。 “短編SFの最高峰のひとつ”として、今も色褪せず読み継がれる名作です。
土砂のイチオシ 秀良子,志村貴子,西田 東,ふみふみこ,はらだ,市川けい,小鳩めばる,糸井のぞ,ためこう,プルちょめ
BLにちょっと興味はあるけど、「男同士の恋愛を自分が読むのって、どうなんだろう…?」って戸惑ったことがある人にこそ、読んでみてほしい作品。 とくに男性読者にとっては、“BLを読む女子たち”の視点から物語を覗ける構造になっているから、無理に感情移入する必要もなく、自然な距離感で楽しめるのがポイント。 メインで描かれるのは、これまで脇役に追いやられがちだった女子たちの視点。 彼女たちが“男同士の恋愛”を見つめるというスタンスを通じて、「BLを読むってどういうこと?」をちょっとメタに体感できる作りになってる。 しかも収録されている読み切り、どれも完成度が高い。 特に、秀良子先生の「少女C」や、はらだ先生の「わたしたちはバイプレイヤー」は、それぞれ刺さるものがあると思う。 BLを読むという行為に新しい意味を与えてくれるような、そんなアンソロジー。 性別や指向に関係なく、“漫画として面白いかどうか”で読ませてくれる懐の深さがある一冊。
シュールで毒気の強いギャグと、突拍子もないSF設定がぶつかり合う“オモコロ発の異常短編集”。 特に土砂が大好きなのが、「人の全身がちゃんと描けない奴のサッカー漫画」と「子供に見せたくないユーザーレビュー」。どちらも発想のぶっ飛び方が異常で、オチにたどり着いた瞬間、「えっ……?」と唖然とするほど予測不可能。 ブラックユーモア、大喜利的センス――とにかく「この発想どこから来た!?」と驚かされる連続。 危うさと笑いが紙一重の感覚にゾクゾクしたい人にはたまらない一冊。現在もオモコロで無料公開されている作品が多いが、単行本でしか読めない描き下ろしも超おもしろいので、ぜひ読んでほしい!
気になる表紙から、読んでみよう。
短編集の漫画一覧 全67作品
このシリーズには、常識がひっくり返るような印象的な短編が数多く収録されている。 たとえば―― 『ミノタウロスの皿』 宇宙船事故でイノックス星に不時着した男が、美しい少女・ミノアに救われ、心を通わせていく。 だがその星では、人間そっくりの種族(ウス)が“家畜”として扱われており、ミノアは「祝宴の皿にのる」ことを名誉とされる“肉用種”だった。 命の価値観が完全に逆転した世界で、彼女を救おうとする男と、喜んで食べられようとする少女の認識のズレが残酷な余韻を残す。 『気楽に殺ろうよ』 食欲と性欲の価値観が入れ替わった異常な世界に迷い込んだ男の物語。 そこではなんと「殺人」も許可されており、子どもを1人産むと“1人殺してもいい”という殺人許可証がもらえるという、とんでもない制度が存在する。 価値観が根底から覆る社会で段々とその価値観に飲まれていく主人公が怖い。『自分会議』 未来からやってきた“自分”たちと議論を重ねるうちに、驚きの結末へと向かっていく知的パラドックスSF。 「自分自身とどう向き合うか」という普遍的なテーマを、軽妙かつ深く描き切るセンスが光る。 くすっと笑える話から、背筋がゾッとするようなディストピアまで、1話ごとに世界観が大きく切り替わる贅沢な構成。 “短編SFの最高峰のひとつ”として、今も色褪せず読み継がれる名作です。
秀良子,志村貴子,西田 東,ふみふみこ,はらだ,市川けい,小鳩めばる,糸井のぞ,ためこう,プルちょめ
BLにちょっと興味はあるけど、「男同士の恋愛を自分が読むのって、どうなんだろう…?」って戸惑ったことがある人にこそ、読んでみてほしい作品。 とくに男性読者にとっては、“BLを読む女子たち”の視点から物語を覗ける構造になっているから、無理に感情移入する必要もなく、自然な距離感で楽しめるのがポイント。 メインで描かれるのは、これまで脇役に追いやられがちだった女子たちの視点。 彼女たちが“男同士の恋愛”を見つめるというスタンスを通じて、「BLを読むってどういうこと?」をちょっとメタに体感できる作りになってる。 しかも収録されている読み切り、どれも完成度が高い。 特に、秀良子先生の「少女C」や、はらだ先生の「わたしたちはバイプレイヤー」は、それぞれ刺さるものがあると思う。 BLを読むという行為に新しい意味を与えてくれるような、そんなアンソロジー。 性別や指向に関係なく、“漫画として面白いかどうか”で読ませてくれる懐の深さがある一冊。
シュールで毒気の強いギャグと、突拍子もないSF設定がぶつかり合う“オモコロ発の異常短編集”。 特に土砂が大好きなのが、「人の全身がちゃんと描けない奴のサッカー漫画」と「子供に見せたくないユーザーレビュー」。どちらも発想のぶっ飛び方が異常で、オチにたどり着いた瞬間、「えっ……?」と唖然とするほど予測不可能。 ブラックユーモア、大喜利的センス――とにかく「この発想どこから来た!?」と驚かされる連続。 危うさと笑いが紙一重の感覚にゾクゾクしたい人にはたまらない一冊。現在もオモコロで無料公開されている作品が多いが、単行本でしか読めない描き下ろしも超おもしろいので、ぜひ読んでほしい!
生首をテーマにしているが、ホラーやミステリーとして読む作品ではなく、生首を中心に立ち上がる人間の感情や価値観の違いを見ていく作品。題材だけを見るとかなり強烈だが、読後に残るのは恐怖というより、死をどう受け止めるか、美しさや尊さをどこに見出すのかという問いのほうに近い。 5つの短編は舞台も時代も異なるため、それぞれの物語ごとに死の意味が変わって見えるのも特徴になっている。文化が変われば命の扱われ方も変わり、同じ“首”という題材でも、そこに宿る感情の質感はまったく違ってくる。その変化を通して、人が死に惹かれてしまう理由を静かに考えさせる作品になっている。読む人をかなり選ぶ題材ではあるが、センセーショナルでありながらも、美しく儚い余韻を残す一冊として強く心に残りやすい。
何と言っても、いだ天ふにすけ作品の魅力は、エロ漫画なのに男性を中心に物語が展開していくところだと思っている。 普通のエロ漫画は女の子を見に来ているため、男性はそこまで重要視されないし、自分自身を投影しやすいように無個性に描かれがちである。しかし、いだ天ふにすけ作品においては、魅力的で女性を沼らせてしまう男を中心に、そんな彼らに沼らされる等身大の普通の女の子を描いている。 ここが普通のエロ漫画との相違点だし、いだ天ふにすけが描く魅力の一つと言える。
SFとしてのアイデアがしっかり立っていながら、冷たく理屈で押していくタイプではなく、どこか人間臭さや、人と人とのつながりが強く残る短編集。仕掛けそのものの新しさだけで読ませるのではなく、その設定の中で人が何を感じ、何を抱えるのかまで描いているのが印象的。 そのため、普段から漫画をたくさん読んでいる人にはもちろん刺さるし、逆にそこまでSFや漫画に慣れていない人にも入りやすい作品だと思う。アイデアの面白さと感情の手触りがちゃんと両立していて、短編ごとに違う味がありながら、一冊を通して読んだときの満足感も大きい。SF短編集としてもかなり薦めやすいし、人間ドラマとしても強く残る一冊。
いだ天ふにすけが描く女性向けのエロ漫画を収録した作品。 表題作の『優しくしたら好きになってくれる?笑』では、誰もが羨むようなハイスペ男子の動きをしながら、二人きりになるとSっ気の強くなる沼らせ男・ナツくんが描かれている。正直、ナツくんのビジュアルが刺さったら迷わず買っていい作品。 『催眠!! 元カノ無知無知大作戦』に関しても、マッサージ物や催眠物といった女性に人気のジャンルが描かれているので、こちらも描写としてオススメ。
ショートショートの名手・道満晴明が放つ、異常な密度の短編集。可愛らしい絵柄に反して、描かれるのは不条理な世界やブラックユーモア、時に切ない人間模様。 一話完結ながら、別作品のキャラがふらっと顔を出したり、物語のピースが後の話で拾われたりと、ふんわり繋がっていく構造も見事。ジャンルはSF・ホラー・恋愛・ギャグと幅広く、それぞれがしっかり“道満味”に仕上がっていて、どれを読んでもちゃんと面白い。 特に「赤→緑→青」の順に読んでいくと、作品の連なりや仕掛けの妙がよりくっきりと浮かび上がってくる。短編集という形の中で、ここまで豊かに物語を編み込めるのかと唸らされる一冊。
抜かせるための漫画、という前提で読むと面食らうタイプ。 「かたつむり」「日陰の糸」「バグってデッドロック」には、実験的なカメラワークが散見されて、セックス中なのに雨に濡れた空気とか、水が滴る蛇口とか、そういう“抜き目的なら普通入れないカット”が差し込まれる。 性行為も情熱的というより、淡々としていて妙にリアル。読み味としては、濡れ場のあるフランス映画を見てる気分に近い。 だから「抜きたい!!」って人には強く薦めにくい。 でも、この文章の時点でピンと来た人は、たぶん好き。そういう作品。 あと「バグってデッドロック」はかなり幻想的でトリップする場面が多くて、特に射精シーンはあり得なさすぎて口あんぐり案件。 これは果たしてエロいのか? 否。エロくはない。でも漫画として素晴らしいシーンだと僕は感じた。 作者の6年ぶりの作品で、これが2作目。 前作が『エロ本ですよ。』っていうド直球タイトルだっただけに、6年間の間に何があったんだよ、って振れ幅も込みで面白い。
不思議な読後感と世界観が魅力の漫画家・panpanyaによる、デビュー10周年企画の作品も収録した短編集。初期作品のセルフリメイクである「カニに誘われて2」などが収められている。
今回も、誰も疑問に思っていなかったのに、言われてみれば確かに気になってしまうような題材が並んでいる。パイナップルも、歩道橋も、ガソリンスタンドも、panpanyaにかかればすべてが異世界への入口になる。その独特なものの見方と、不思議な世界観を楽しむ一冊。
いだ天ふにすけの魅力が詰まった短編集。 性倒錯や歪んだ恋愛感情を描いており、歪な関係性、依存、執着といったワードに惹かれる人に強く薦めたい作品。成人漫画ではあるが、ただ性的な場面を見せるだけではなく、好きという感情が濁っていくところ、相手を欲しがる気持ちが重くなっていくところがかなり強い。 可愛い絵柄で描かれるからこそ、感情の重さや歪みがより目立つ。綺麗な恋愛では済まない関係性が好きな人に刺さる。
“漫画だからこそ描ける世界”を追求した、文学性の高い傑作短編集。 物語の構造だけでなく、構図や線、吹き出しの配置にいたるまで、作品ごとに表現のアプローチが変化していく。 なかでも「田辺のつる」は、認知症の老女を“幼女の姿”で描くという大胆かつ繊細な手法が取られており、心象と現実を同時に映し出す構造が非常に印象的。 皮肉や風刺が含まれるものもありつつ、それ以上に“人間の心のゆらぎ”に丁寧に寄り添った作品が多い。 読むたびに新しい発見がある、時代を超えて愛される一冊。
「可愛いは正義」の裏にある孤独や摩擦を、静かに、でも確かに描き出す。 表紙に惹かれて手に取った先で、「こんな作品に出会ってよかった」と思わせる余白と優しさに満ちた一冊。 カエル顔系の美人たちが“ニーッ”と笑うその瞬間、あなたの心も、たぶんちょっと救われる。
思春期の少年少女たちの“性の目覚め”を静かに、じっとりと描き出す作品。 特に性に対する無邪気な好奇心や、人との距離感の揺らぎがリアルで、 どこか背徳的でありながらも、妙に懐かしさを感じさせてくれる。 一方で「迷子犬とわたしたち」では、異性という意識すらなかった頃の 純粋な友情が描かれており、そのギャップに心を揺さぶられる。 読後にやさしい余韻が残る、非常に完成度の高い短編集。
ミステリー、ホラー、サスペンス…… ジャンルの垣根を軽やかに越えつつも、どこか「おとぎ話」のような不条理さがにじむ構成が特徴的。 “スピンオフ”の枠を超えた完成度の高さで、露伴というキャラの魅力を掘り下げつつ、荒木飛呂彦の「人間の奇妙さ」へのまなざしを濃密に感じられる。 実写ドラマ化もされるなど、漫画ファン以外にも幅広く知られる作品となっている。
遠田おと,モリエサトシ,澄ヒビト,吉野マト,棉きのし
『情』と同様に、「読むと心が動く」方向に振り切った読み切りが揃っている巻。ただし『生』は、感動というよりも、もっと生活に密着した痛みや現実の輪郭を残してくる話が多い。身体の不調、性と役割のズレ、夢が折れる瞬間、誰かに“できない”と判定される苦しさ。そういうものが、説教ではなく出来事と感情の流れで積み重なっていく。 5本が同じ結論に向かうわけではないのに、読み終わると「生きてるだけで発生する摩擦」が共通項として残る。そのまとまり方が、この巻の強さだと思う。ページ数も328ページで読み切り集としてはかなり厚いので、短時間で満足度を取りに行ける一冊でもある。 注意点として、題材の重さに幅がある(いじめ系の痛さを含む)ので、今のメンタルによっては刺さりすぎる可能性がある。あと「にくをはぐ」は、遠田おとの短編集「にくをはぐ」と収録内容が同じ短編なので、重複購入はマジで注意。
子供の頃、社会と馴染むために心の奥に蓋をしてきたような感情が、ふと呼び起こされる短編集。 小学生や中学生の頃、自意識が芽生えはじめた時期に感じた、原初の感情が──せきを切ったようにあふれてくる。そんな作品。
性別、親子、承認、善意、すれ違い―― 遠田おとが描くのは、どれも一筋縄ではいかない人と人の関係。 表題作『にくをはぐ』では、トランスジェンダーの主人公と、愛情深いが“娘としての幸せ”を信じて疑わない父の、静かな衝突が描かれる。 “善意”が人を傷つけてしまうとき、その苦しさを誰のせいにすればいいのか。 読後に残るのは怒りでも悲しみでもなく、「それでも人を思ってしまう気持ち」の切なさ。 絵柄はやさしく、語り口も静か。 だけど、内包している感情の温度は高く、読むたびに胸を締めつけられる。 ちなみに『にくをはぐ』は、ジャンプ+10周年読切集『生』にも収録されているため、そちらでも読むことができる。
まだ伊藤潤二を読んだことがない人にこそ読んでほしい、“入門書”的な一冊。 「自分そっくりの巨大な気球に首を吊られて殺される」――そんな悪夢のような発想が炸裂する『首吊り気球』や、 狂気の美女が何度も蘇る『富江』、得体の知れないモデルに追われる『ファッションモデル』など、 一話完結ながらどれも強烈な読後感が残る。 怖いのに、つい笑ってしまう。 気持ち悪いのに、なぜか癖になる。 そんな伊藤潤二特有の“異常なセンス”が詰まった短編集で、 ファンにも初見にもどっちにもブッ刺さる内容になってる。
どこかで見た気がする、でも決してどこにもない景色。 panpanyaの描く世界は、現実のすぐ隣にある“奇妙な日常”と、どこか懐かしい空気で満ちている。 本作では実際のフィリピン旅行を題材にした漫画が主軸となっており、panpanya短編集の中では異色の構成。 いつものシュールで幻想的な世界観に、“現実”の足跡が重なることで、不思議な読後感をもたらしてくれる。 また、作品の合間に挟まれるゆるいトーンの日記が、独特の緩急と味わいを加える。 装丁にも定評があり、紙質やカバーの仕掛けを含めて“モノとしての漫画”を味わえる一冊。 電子より紙で手に取ることで、より深くpanpanyaワールドに浸れるはず。
丁寧な心理描写と、突拍子もないバイオレンス表現が同居した、純文学×不条理ギャグのような世界。 登場人物たちは皆、心の中で何かが詰まりながらも、どこか優しくて不器用で―― そんな「爆発寸前の感情」が物語の中でじわじわと膨らみ、ある瞬間に破裂する。 読後には不思議な清涼感すら残る、“暴力的な純文学”という表現がぴったりの短編集。 トム・ブラウンの漫才を村上春樹が書いたらこんな感じなんだろうなと思うような、誰にも似ていない唯一無二の読書体験が待ってる。
作者はもともと立体作品を制作していたアーティストで、そのルーツを感じさせるアーティスティックな描写が魅力。 どのエピソードも明確な起承転結があるわけではなく、まるで他人の夢を覗いているような、不思議な没入感がある。 作品全体に統一されたテーマはなく、各話が独立した世界を構築しており、読後は「なんだったんだろう?」という感覚が残る。 装丁にも強いこだわりがあり、300ページ超のボリューム感は“読む”というより“体験する”読書を提供してくれる。 紙書籍限定での発行も、作品の特異性を際立たせている。
読谷あかね/四ツ谷壇,黒川明,藤野ハルマ,平野稜二,三木有
5本とも読み味はかなり違うのに、「情」というテーマでちゃんと同じ場所に着地してくるのが強い。大きく泣かせにくる話だけじゃなく、言えなかった言葉や、踏み込めない距離、取り返しのつかなさみたいなものが、作品ごとに別の形で刺さってくる。 短編集というより、ジャンプ+の10年を代表する“胸を打つ読み切り”を、感情の方向性ごとに詰めた一冊という感覚に近い。ページ数も300ページ超えでボリュームがあるのに価格は据え置きなので、「ちゃんと心を動かされたい」「単純にお得に漫画を読みたい」どっちにも刺さるタイプ。
3人の登場人物を軸に、それぞれの文化圏における“命の意味”を問うオムニバス構成。 戦士として育てられた盲目の少年、国家と信念に揺れる天才チェスプレイヤー、狩猟文化を受け継ぐ北極圏の女性……背景も思想も異なる彼らの姿を通して、読者自身の死生観を揺さぶってくる。 異文化に対する断絶ではなく、「自分と違うけど、だからこそ知りたい」と思わせる描写が丁寧で、どの話にも独特の余韻が残る。 作者・山本亜季のデビュー作にして、圧倒的な構成力と画力が光る一冊。
原作:西尾維新 作画:暁月あきら,池田晃久,小畑健,河下水希,金田一蓮十郎,中村光,中山敦支,福島鉄平,山川あいじ
西尾維新が自由な発想で描いた原作を、それぞれ異なる漫画家たちが作画したオムニバス形式の読切短編集。 作画陣には『DEATH NOTE』の小畑健や『荒川アンダー ザ ブリッジ』の中村光、『いちご100%』の河下水希など、ジャンルも画風も異なるトップクラスの漫画家が揃う。 西尾らしい言語遊戯と思考の飛躍に、作家ごとの絵と構成が呼応する形で展開されており、「西尾維新×漫画家の化学反応」を純粋に楽しめる構成になっている。 ボリュームたっぷりの大判コミックながら、価格は800円台と手に取りやすいのも嬉しいポイント。西尾作品の“異質さ”をさまざまな角度から味わえる一冊。
panpanyaの漫画は、日常の中にある小さな違和感をきっかけに、 そこからどこまでも思考を掘り下げていって、 気づけばファンタジーの入り口に立っているような構造が魅力。 たとえば、電信柱に片方だけかかった靴下。 普通なら気にも留めないようなことを起点に、 「どうして?」「どこから来た?」と考え続けていくうちに、 現実と非現実の境目が曖昧になっていくような感覚になる。 ストーリーははっきり展開するわけじゃないけど、 読んでいるうちにじわじわと引き込まれて、 最後には、何とも言えない余韻とイメージだけが残る。 描かれているのは非日常だけど、 どこか懐かしくて、現実の隙間に入り込んでくるような読後感。 『枕魚』は、そんなpanpanyaらしさが詰まった短編集です。
SMや支配を題材にしたBL短編集で、性描写はかなり激しく描かれるため、耐性のない人にとってはかなりきつい部分もあると思う。ただ、単に過激な性描写を見せるだけの作品ではなく、表題作『Kの支配者』はKの死と尋問から始まるため、ミステリー的な引きもしっかりある。 支配をテーマにしているが、Dom/Subユニバースの作品ではない。あくまで、SMや依存、執着、関係性の歪みの中で、人間同士の支配がどう形を変えていくのかを描いた作品になっている。『HOUSE』も父親の死をきっかけに実家へ帰るところから始まり、家族や家そのものに染みついた歪さが見えてくる。背徳的なBL漫画や、先が見えない不穏な作品を好む人にはぜひ読んでほしい一冊。
“可愛い”と“痛み”を同じページに置く、関係の温度を読む一冊。 出来事より感情の断片が記憶に残る、オムニバス構成。 性描写は軽くないが、どれも心の延長線にある(学生には薦めづらいレベル)。 “救い”というより、埋め方を見つける物語――その夜に残る体温と、翌朝の余韻までが作品。 傷と傷が触れたときの小さな揺れを、やさしく、しかし曖昧にせずに捉える。
全体的に線が柔らかく、登場する男の子たちもどこか幼さを感じるキャラクターデザインで描かれている短編集。派手な出来事や強いドラマで押していくというより、言葉にしにくい感情や、他人にうまく共有できない感覚をじっと見つめていくような読み味がある。 作品全体には陰を感じるような空気がありつつ、ただ暗いだけではなく、独特の温かさも同時に漂っているのが印象に残る。孤独感や喪失感、他人に理解されない自分だけの感情を描くのが上手く、静かで少しひんやりした世界観の中に、やわらかさが残るタイプの作品。わかりやすいカタルシスよりも、感情の輪郭や空気感を味わう短編が好きな人に向いている一冊。
“正気と狂気のはざま”で爆発するシュールギャグ。 歴史上の偉人がなぜか妙に人間臭かったり、感情の起伏が極端すぎたりと、知ってるはずの人物が“知らない人”として現れるのがクセになる。 キャラの掛け合いも、シチュエーションも、どれも常識を置き去りにして突っ走る。 一話完結形式だからどこからでも読めて、1話読むごとに脳がバグっていく快感がある。 特にセリフ回しのセンスと、言語感覚の異常な冴えがクセになり、繰り返し読みたくなる不思議な中毒性がある。 25年以上続くのも納得の、ギャグ漫画の金字塔的作品。
女の子は、特別で、痛くて、愛おしい。 この短編集に登場するのは、承認欲求のかたまりで、執着と依存で生きていて、でも決して悪意なんかじゃない女の子たち。 自分を特別扱いしてくれる相手にのめり込んだり、クズ男と別れられなかったり、女友達に異様に執着したり。 その一つひとつが、“自分なんて”という不安と、“わたしだけを見て”という切実さから生まれている。 読む側にとっては「こういう子、いるよね」と思いながらも、気づけばほっとけなくなってしまう。 彼女たちの歪な感情や行動の裏にある“愛してほしい”の叫びが、静かに胸に刺さってくる。 毒を含んだ青春、あるいは“性春”。 そんな彼女たちの物語に、きっとあなたも何かを感じてしまうはず。
ゾンビ×BLという斬新な切り口で描かれるビターでダークな愛の短編集。 いわゆるゾンビパニックではなく、終末世界を背景にした静かな愛のかたちが主軸になっている。 全体的に切なく陰鬱な雰囲気が漂いながらも、登場人物たちの内面描写と関係性の温度感が丁寧に描かれており、グロテスクな描写も演出としてしっかり意味を持たせている印象。 演出面では、各話ごとに挿入される**「BOYS OF THE DEAD」のロゴ演出**が非常にスタイリッシュで、作品全体に統一感とアート性を与えている。 アメコミ風の表紙ビジュアルも含めて、“ゾンBL”という言葉に惹かれた人の期待を裏切らない、独自の世界観に浸れる一冊。
「第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞」を受賞した『夏休みの町』を含む短編集。 建物の声が聞こえる男の物語『夜とコンクリート』をはじめ、 少年と“島のかたちをした空想の友だち”との交流を描く『青とサイダー』など、 全編にわたって、静かで優しくて、どこか切ない空気が流れている。 物語は大きな事件が起こるわけではないけれど、 忘れていた感情や記憶の片隅にそっと触れてくる。 描線はシンプルなのに、読む者の心の奥に残る―― そんな“静かな衝撃”を秘めた作品集。
日常と地続きにある“非現実”を丁寧にすくい取った、全4編の幻想譚。 扉ページからすでに世界に引き込まれるようなオシャレな導入で、 「気づけば異世界にいる」ような読書体験を味わえる。 特に「混信」は、知らない国のラジオを偶然拾ってしまう―― という電波系の設定で、 奇妙なのに妙にリアルな質感がクセになる。 手触りのある“想像の旅”をさせてくれる、珠玉の短編集です。
女性同士の友情、ジェンダーにまつわる違和感、そして“生きづらさ”をテーマにした珠玉の短編集。 なかでも、親友の死をきっかけに帰郷する「帰郷」は、 田舎に漂う空気の重さと、性による役割の押しつけがリアルに描かれていて印象深い。 すべての短編に共通するのは、“痛み”を丁寧にすくい取るまなざし。 女であること、女の子でいることにまつわるモヤモヤを、 鮮やかかつ静かに切り取る表現力が際立っている。 読んでいて、心のどこかにそっと触れてくるような作品集。 女性にも男性にも読んでほしい、強く優しい一冊。
陽キャにも陰キャにもなれず、どこにも居場所がなかった人へ――。 サブカル的なこじらせ、インディーズな何かへの愛、失われることへの恐れ。 他人に知られたくないけど、本当はわかってほしい…そんな矛盾を抱えたまま、「そういう気持ち、あるよね」とそっと同じ視線に立ってくれるような短編集。 やさしさではなく、あくまで“共感”という形で差し出される、ひりついた物語たち。
明るさや希望は一切ない、全話が「ネガティブ」で「重たい」BL短編集。 誰かを好きになることがこんなにも痛々しく、こんなにも報われないものなのかと突きつけられる内容ばかりで、後味の悪さや心のざわつきがずっと残る。 とはいえ、その“暗さ”が逆にリアルで、人間の感情の深淵にそっと触れてくるような読後感がある。 綺麗ごとではない感情のもつれや執着、絶望、それでもなお誰かを想ってしまう気持ちを描き切った、静かな破壊力を持つ一冊。
『死刑執行中脱獄進行中』は、ジョジョの奇妙な冒険の作者・荒木飛呂彦が手がけた短編集。 心理戦・サバイバル・オカルト・死後世界といった多様な題材が、一話ごとにまったく異なる角度から描かれており、“ジョジョとは別の顔”が楽しめる。 表題作『死刑執行中〜』では密室のトリックと極限の精神状態が描かれ、 『ドルチ』では愛と飢えの間で揺れる人間の本性が露わになる。 中でも注目なのが、『岸辺露伴は動かない ~懺悔室~』と『デッドマンズQ』。 それぞれ岸辺露伴シリーズの原点、そして吉良吉影の死後を描いた外伝的作品として、ジョジョファンには必読のエピソード。 特に懺悔室編は、“露伴の取材”というテーマとホラー的演出が見事に融合しており、 現在も続く「岸辺露伴は動かない」シリーズの出発点として強い印象を残す。 ジョジョを読んだことがない人でも、ひとつひとつの物語が独立していて楽しめる構成になっており、 “荒木飛呂彦という作家の引き出し”を一気に味わえる、豪華で濃密な短編集。
この巻の強みは、「変な設定」を“変だから面白いでしょ”で終わらせず、登場人物がわりと真面目に受け止めて進むところ。だから、ギャグっぽく見える入口でも、読み終わると妙に感情が残ったり、逆にじわじわ気味が悪くなったりする。 5本の振れ幅はかなり大きい。特に「BLACK -THE STORY OF MONSTER SYNDROME-」は、他の4本の空気と比べてもかなり暗くて重いので、同じテンションで読みに行くと読後感がズレる可能性はある(ここだけ別ジャンルの重さ、みたいな感じで来る)。
“異形=恐怖”に寄りかからず、異なる身体性を理解の入口として描くSF恋愛集。視線や手つき、間(ま)に重心を置いたコミュニケーションが多く、言葉が届かない瞬間を画面の呼吸で越えていく。造形のフェティッシュさと、相手を知ろうとする優しさが同じページに同居し、読後には「多様さはこんなにもロマンになる」と素直に思わされる。キャラクターの設計(翼、四肢、質感)そのものが物語の核になっており、世界観の手触りと“恋が成立する条件”が丁寧に結び直されていく一冊。
panpanyaの作品は、内容に明確なストーリーや展開があるというよりも、 見過ごされがちなものにだけ強いピントを当てて、そのまま最後まで掘り下げていく感覚がある。 それは物語というよりも、一つの思考の流れであり、世界の“違和感”を凝視し続けるような読み味になっている。 『動物たち』では、その“観察の対象”として「動くもの=動物」がテーマに据えられており、 生き物も無機物も、その場にいて、何かしらの動きを持ち、存在感を放っている。 そうした描き方が、panpanyaの描く世界にじんわりとしたリアリティと異質さを与えている。 また、本作は装丁の美しさも大きな魅力のひとつ。 紙の質感やサイズ感、手に取ったときの重みまで含めて設計されていて、 “本”という物体そのものを所有したくなるような満足感がある。 土砂自身も、電子と紙の両方で購入しているくらい、手元に置いておきたくなる一冊。
宝物みたいなアイデアのかたまり。 日常のすぐ隣にある“もしも”を、ちょっと不思議でユーモラスに描く短編集。 クスッと笑えるものから、ちょっと胸に残る物語まで―― わずか数ページで物語の起承転結を見せてくる九井諒子の力量が光る。 些細な出来事も、視点を変えればSFになるという感覚が新鮮で、読むたびに新しい気づきがある。 装丁も美しく、ぜひ紙で手にとって読んでほしい一冊!
田舎町で暮らす少女たちの、モヤモヤと息苦しさ、そして淡くて儚いつながりを描いた短編集。 収録されている6編のうち、表題作「さよならガールフレンド」は特に秀逸で、主人公ちほと“ビッチ先輩”と呼ばれる非行少女の間に芽生える奇妙な友情が描かれる。 浮気相手という最悪の出会いから始まりながらも、言葉にできない感情を共有できる数少ない存在として、2人の関係は少しずつ変化していく。 息苦しい日常のなかで誰かと繋がりたくなる感情。 どこか遠くへ行きたくなる衝動。 この作品には、そういう思春期の“逃げ出したいけど逃げられない”気持ちが詰まっている。 全体を通して女性キャラクターの内面が丁寧に描かれていて、読後にはじんわりと心に残る余韻がある。 静かながら力強い、そんな短編集。
タイザン5,朝賀庵,矢薙/増渕,ウナム,ナジ,大豆田
『恋』は、恋愛をテーマにしてるけど、ラブコメの軽さで押す巻ではない。毒親やいじめ、孤独や依存みたいな重い題材を含みつつも、この巻で描かれる「恋」は、どの作品でも最終的に救いとして機能している。状況がしんどいほど、誰かを想う気持ちが空気を変えていく。その変化の仕方が5本それぞれ違うから、読み切り集としての振れ幅もある。 読後に残るのは、恋の甘さというより、恋が人を現実に繋ぎ止めたり、息をしやすくしたりする感覚に近い。重い題材が入っていること自体は注意点だけど、読んで暗く沈む方向ではなく、「救われるための恋」をまとめて浴びたい時に強い一冊だと思う。
志村貴子が描く“感情のゆらぎ”や“人間の間(ま)”を楽しめる短編集。 性描写を含む作品も収録されており、読む人によっては好みが分かれる可能性もあるが、「この人が描いたならなんでも読んでみたい」と思わせてくれるような、作家ファンにはたまらない構成。 オムニバス的にいろんな関係性と空気を楽しめるので、読み切りで“気分を変えて読みたい時”にもぴったり!
常識の裏側をえぐる、強烈な社会風刺×SF短編集。 漫才の“ボケとツッコミ”が結婚のように法的関係を結び、夜の街には「ボケクラ」が並ぶ――そんな奇天烈な世界観を真顔で突きつけてくる「どつきどつかれて生きるのさ」は、その異様さと風刺性でドラマ化も果たした代表作。 読む人によっては不快にすら感じるかもしれないが、それも含めて“刺さる”作品ばかり。 社会に対する違和感を言語化したい人、既存の価値観にモヤモヤしている人にこそ手に取ってほしい。
松本次郎ならではの暴力性と不条理、そして救いのなさが際立つ短編集。 一般的な“日常”の隣にある異常や狂気を、淡々とした筆致であぶり出す。 どこか笑えて、でも笑っていいのか迷うような黒いユーモアと、社会や家族に対する鋭い眼差しが刺さる。 素手で触れるとトゲが刺さるような、読後にざらついた余韻が残る作品集。
吉富昭仁による短編集で、SFギャグや性描写を取り入れた変化球的なストーリーが揃っている。 突飛な設定やぶっ飛んだ展開の連続で、読み進めるたびに意外性のあるラストにたどり着く構成になっている。 ギャグも性描写もあるが、それ以上に“なんかヘンな読後感”がクセになる。 万人向けとは言えないが、SFと仕掛けのある短編が好きな人には強く刺さるタイプの作品。
本作は、「恋愛」や「性」が、“誰かのもの”ではなく“自分のもの”として描かれる短編集。 少女漫画的なドキドキやキラキラとは真逆の、現実の感情の重みと複雑さを、ありのままに描いている。 主婦としての責任、母としての罪悪感、パートナーとの温度差、 そして、自分自身が“女”であることを忘れていく恐怖や苛立ち。 どの短編にも、感情の「ズレ」や「曖昧さ」がにじんでいて、 言葉にできないまま蓄積されていく“もやもや”が核心になっている。 ただ苦しいだけじゃなく、会話や間合い、空気の描写が絶妙で、 ふとした言葉に「分かる……」と共鳴してしまう瞬間がある。 切なさの中に、どこか美しさも漂っていて、読後の余韻が深い。
“セックス”はこの短編集の中心にある。 ただしそれは、「抜けるかどうか」とは別軸の話。 淡々とした描写の奥に漂うのは、拭えない孤独や、ちょっと気だるいノスタルジー。 情熱ではなく情緒で、エロスを描く。 どの話も「ストーリーらしいストーリー」があるわけじゃないのに、なぜか記憶に引っかかってくる。 静かで、ジメっとしてて、ちょっと気まずくて…… だけど、そこがクセになる。 そんな空気を味わう短編集。
どの話も“うまく言えない”感情をまっすぐ見つめる。表題作の塩気と温度、グリンメロングリーンの荒さの奥にある孤独、選ばれなかった側の悔しさや、家の匂いに縛られる感じが、そのまま紙面の余白や間に落ちている。救いを大声で提示しないぶん、読み終えてから遅れて効いてくる余韻が強い。自分だけが詰んでいると思い込んでいた気持ちに「ここにも同じ澱がある」と気づかせる一冊。
SF的なアイデアを含みながらも、読み味としてはホラーではなく、喪失感や人との距離、置いていかれる感覚のほうが強く残る短編集。異様な出来事は起こるものの、怖がらせること自体が目的ではなく、その状況の中で人が何を感じるのか、何を抱えたまま生きるのかを見ていく作品に近い。 初期短編集らしい粗さはありつつも、どこか脱力したような癖になる世界観が広がっているのも特徴。話を綺麗に閉じるというより、感情や余韻を残したまま終わる短編が多いため、読後に続きを想像したくなるタイプの作品でもある。ロボットやタイムリープのような要素がありながら、印象に残るのは仕掛けそのものではなく、そこに滲む寂しさや妙な感触で、変わった余韻のある短編が好きな人に向いている一冊。
百合としての甘さやときめきがありつつ、萌えの記号に寄りかかりすぎない短編集。少女漫画的な距離感や情緒を保ったまま、女の子同士の恋の輪郭をまっすぐ描いている。 特に効いているのは表情の描写で、言葉にしきれない感情の揺れが、目線や間で伝わってくる。明るさと切なさが同居していて、読後に残るのは“きれい”という印象だけではなく、胸の奥が少しだけ痛むような余韻。恋の入り口の眩しさと、届きそうで届かない距離の苦さが、同じページの中に並ぶタイプの百合短編集。
不思議さや少しの切なさを含みつつ、どこか温かみも感じられる短編集。奇抜な設定だけで押していくというより、現実の少し隣にずれたような感覚の中で、人の感情や距離感を丁寧に描いているのが印象に残る。 収録されている題材はかなり幅広いが、どの作品にも共通して、少し変わっていて、それでいて読後にやわらかい余韻が残る空気がある。そのため、短編ごとに違う味わいを楽しみながらも、一冊を通して作者の世界観に浸りやすい。不思議な設定の作品や、ほんのり切なさを含んだ温度感のある話が好きな人には特に相性が良い。サブカルに振り切るわけではないが、ポップさと個性を兼ね備えた、ヴィレッジヴァンガードに並んでいても自然に手に取りたくなるような雰囲気を持った作品。
女性の裸をテーマにしていながら、扇情的な方向へ強く振り切る作品ではなく、人間の感情や記憶の揺れと結びついた“エロス”を描いている短編集。裸そのものよりも、その場に流れている空気や、そこに至る感情のほうが印象に残る作りになっている。 少し危うい場所や、過去の気配を引きずるような風景が多く、全体にどこか幻想的で、静かな陰をまとった空気があるのも特徴。人間ドラマとエロスが結びついていながらも、露骨な生々しさより、痛みや喪失感、美しさのほうに比重が置かれている。そのため、官能的な作品というより、裸を通して人の心の傷や孤独を見ていく作品として読むほうが近い。少し湿ったような空気や、危うさと美しさが同居する短編が好きな人にはかなり相性の良い一冊。
SFショートショートではあるものの、理屈や設定の巧さを見せるというより、奇妙な発想や独特な間、意味がわかりきらないまま残される感触そのものを味わう作品。どの話も短く、オチも必ずしも気持ちよく決まるわけではないが、その不思議さや拍子抜けの感じまで含めて、この作品ならではの面白さになっている。 収録作の濃度がかなり高く、読み味としてはまさに宮崎夏次系の世界観の原液に近い。漫画はもっと自由でよくて、思いつきのような飛躍や、説明しきらない終わり方でも成立するのだと感じさせてくれる一冊でもある。そのため、わかりやすい物語や明快なカタルシスを求める人には少し独特に映るかもしれないが、短い中に濃い変さや自由さが詰まった漫画を読みたい人にはかなり刺さりやすい作品。
藤子・F・不二雄,浅野いにお,石黒正数,今井哲也 , 大童澄瞳,木村風太,小玉ユキ, 真造圭伍, 高橋聖一, 高松美咲, とよ田みのる,モリタイシ, 山口つばさ, 山本さほ, 吉崎観音, 渡辺航
藤子・F・不二雄の功績に敬意を表し、16人の人気作家がトリビュート作品を描き下ろし。 浅野いにおによる“大人になったのび太”の物語や、真造圭伍がスネ夫を主役に据えた異色短編など、 それぞれの作家が“自分なりのF”を描き出しているのが特徴。 一方で、作家が選んだ“藤子・F・不二雄本人による原作エピソード”もそのまま収録されており、 オリジナルとトリビュートを並べて楽しめる構成になっている。 そして本作は、約3,000円の豪華仕様というコレクターズアイテム的な一面も持つため、 その魅力を最大限に味わいたいなら、電子ではなくぜひ“紙で手に取って”ほしい一冊。
“禁断の恋”や“背徳的関係”を扱ったエピソードもあるが、それが全てではなく、むしろ本作は中村明日美子のBL短編の幅広さと進化を感じられるアーカイブ的な一冊。 彼女特有の繊細で艶のある人物描写、絵の余白から立ち上る空気感、そして瞳の中に溶け込んでいきそうなキャラクターたちの魅力は、時代を超えて今も色褪せない。 中村作品をすでに好きな人にとっては、読めていなかった名品との出会いがある短編集だし、まだ読んだことがない人にとっては、“この人の描くBLって何か特別だな”って思える入り口になるかも。
弱者男性が社会に馴染めないときに抱く、やり場のない感情の叫びを描いた短編集。 性欲と倫理観のはざまで揺れ動く葛藤や、世の中とのズレに苦しむ姿が、静かに、でも鋭く突き刺さってくる。 ただし作品によっては主張がやや過激だったり、女性が理不尽な扱いを受ける描写も多いため、読む人を選ぶ内容ではある。 高校時代にこの漫画を読んで強く心を動かされた僕だけど、10年ぶりに再読したとき、当時とはまったく違う読み味に驚かされた。 少し淋しさを感じる一方で、それはたぶん、僕が少しだけ人間として成長できた証なのかもしれない。
「もしもフィクションの出来事を現実でやったら、こうなるよね?」を真顔で描ききる、極悪非道のブラックコメディ集。 倫理観は最初からないし、読者の心をえぐるために存在しているような内容ばかり。 でもその中にある“異常なまでの発想力”と“描写力”が、逆に笑える…という、100人中1人だけに深く突き刺さるタイプの一冊。 気軽に読もうとしたら一発KOされるけど、「常識の外側のギャグ」を探してる人にはドンピシャな一冊。
隣人ラブコメっぽい空気で始まったと思ったら、次の瞬間には怪異と追跡劇に振り切れていく、夢の中みたいなテンポの短編集。距離感が近すぎる女子高生・ふきの“妙な軽さ”が、そのまま異形への入口になっていて、日常と怪異の混ざり方がずっと変。 表題作「オニクジョ」が単行本の大半を占めていて、とにかく奇想天外。展開も発想もぶっ飛んでるのに、一本筋の通った変さがあって、この作者にしか出せない味になってる。独特な絵柄なので好みは分かれるけど、ハマると「何これ…」のまま気持ちよく連れていかれるタイプ。不思議な夢を見ているような読後感が残る一冊。
押見修造自身の実体験をもとにした、かなり私的で生々しい短編集。フィクションとして大きく盛り上げるというより、過去に自分の中へ沈殿してしまった罪悪感や、うまく処理できなかった記憶を、自分で確かめ直すように描いているのが特徴になっている。 そのため、読み味としては派手ではないが、そのぶん妙に刺さる。特別な出来事ではなく、誰の人生にもありそうな失敗や、ふとした残酷さ、今でも思い出すと嫌な感触が残るような記憶が題材になっているからこそ、読んでいて逃げ場のない痛みがある。押見修造の作品に通底している、生々しさや自意識、罪悪感の根っこのようなものをまとめて覗き込むような一冊であり、作者自身の原点に触れるような感覚がある作品。
説明のつく怪異や、分かりやすいオチで回収する不思議譚ではなく、「理解できないままの感触」を残すことに重心が置かれている。舞台は日本のありふれた場所で、登場人物も日常の延長線にいる。しかし、世界のどこか一箇所だけピントがずれたように、現実の輪郭が静かに崩れていく。 怖さは外側から襲ってくるというより、見慣れた景色に混ざる“知らない手触り”として立ち上がる。懐かしいのに気味が悪い、分かった気がした瞬間にまた遠ざかる。その反復が読後にまで残り、短編ごとに別の入口から同じ種類の眩暈へ連れて行かれる。短編集でありながら、感覚としては「同じ霧の濃度が続く」ような読み味がある。
原作:谷崎潤一郎 作画:榎本俊二,今日マチ子,久世番子,近藤聡乃,しりあがり寿,高野文子,中村明日美子,西村ツチカ,古屋兎丸,山口晃,山田参助
『谷崎万華鏡』は、文学と漫画が本気で向き合った異例のコラボアンソロジー。 参加作家は、高野文子、しりあがり寿、中村明日美子、古屋兎丸、今日マチ子、榎本俊二など、ジャンルも画風も全く異なる11名。 「痴人の愛」を現代的に描いたり、「瘋癲老人日記」と「老人と海」を混ぜてリミックスしたりと、アプローチもかなり自由で大胆。 一話ごとに“作家の目を通した谷崎潤一郎”が浮かび上がり、 それが連なることで、「谷崎作品とは何だったのか?」という問いを多角的に照らす構成になっている。 耽美や背徳に惹かれる読者、あるいは文豪作品を漫画という入口で触れてみたい人にとっても、豊かな読書体験を与えてくれる一冊。 谷崎ファンにも、漫画読みにも、それぞれの読みどころがある贅沢なアンソロジー。
“UGコミックの帝王”と称される氏賀Y太が、成人指定を外してなお残る圧倒的グロ表現で読者をねじ伏せにくる一冊。 スプラッター描写は容赦なく、人間が「原型をとどめない」ほどに破壊される。 倫理観がぶっ壊れた世界観で、悲鳴や嘔吐が聞こえてきそうな描写のオンパレード。 虫の描写も多く、虫嫌いには地獄。 一方で、「この作家にしか描けない異常性」が持つ中毒性があり、“グロ耐性がある人限定”のディープな体験が待っている。 ホラーとしての質も高く、ただ不快なだけで終わらない“奇妙な感情の揺さぶり”があるのも特徴。
この短編集のいちばんの良さは、「わかりやすいドラマ」を誇張しないところだと思う。関係性の温度差、言えなかったこと、言えなかったまま終わること。そういう“心の引っかかり”が、派手な演出じゃなくて手触りとして残る。 刺さる人には、かなり深いところまで刺さる一方で、バトルや大きなどんでん返しみたいな派手さを求める人にはハマりにくいかもしれない。逆に、日記や手記っぽい感覚で「心の動き」を追うのが好きな人には、読み終わったあとも余韻が残るタイプ。
『変人偏屈列伝』は、ジョジョの奇妙な冒険とは一線を画す実話ベースの短編集。 1〜4話は原作・構成を荒木飛呂彦、作画をアシスタントの鬼窪浩久が担当。 一方、「腸チフスのメアリー」と「ウィンチェスター・ミステリー・ハウス」の回は荒木が作画まで手がけており、氏の画風と演出がダイレクトに味わえる構成になっている。 どの話もただの逸話紹介ではなく、「なぜ彼らはそこまで突き抜けられたのか?」という心理や美学に踏み込んで描かれており、 行動の異常性すら“ひとつの生き様”として浮かび上がってくる。 奇人・変人を「すごい」とも「怖い」とも言い切れない、その絶妙なグレーゾーンにこそ物語の深みがある。 ジョジョファンには“異能と執念”のルーツとして、伝記好きには“狂気とリアル”の交差点として、強く刺さる一冊。